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下水道

手話通訳について
 
手話を日常的なコミュニケーション手段とする聴覚障害者が、手話を知らない人と話す、話をつかむという場合、いろいろな方法があります。一般的な方法は「筆談」でしょう。今は、パソコン通訳というのも広がっています。しかし、筆談がすべての場合において有効かというと、そうではありません。筆談というのは「日本語を書いて読む」ということですから、日本語能力が十分でない場合、きちんとしたコミュニケーションがとれないことがあります。ですから、手話ができる聴こえる人が通訳として仲立ちする「手話通訳」という方法もあるわけです。
 誤解のないように言いますと、筆談ができない場合の手話通訳ではありません。筆談ができても手話通訳の方がいいという人も当然いるわけです。どんな方法が自分に合っているかは個々の聴覚障害者が決めたらいいことですね。


わたしの考え方
 手話通訳については、いろんな考え方・スタンスがあります。手話通訳者の立場をもっときちんと社会的に確立させて、手話通訳制度の拡充をめざすべきであるという意見もあります。
 それもいいでしょう。でも、わたしは、そうではなくて「手話通訳がいらない社会を!」という立場です。つまり、いろんな人たちが手話で語り合える社会の実現です。「そんなの、非現実的だ。夢じゃないか。」と言われるかもしれません。でも、夢というのは実現するか否かより、持つこと自体が大事だと思います。夢の実現にむかって努力すれば、ある程度、実現は展望できます。
 例をあげますと、わたしの職場は聴覚障害児が学ぶろう学校ですが、わたしが30年前に赴任したころは手話通訳してくれる同僚はわずか2~3人でした。わたしは、「ろう学校なのに手話通訳というのはおかしい。ろう学校だからこそ、自分が言いたいことは自分で手話でするべきだ。手話通訳に頼るべきではない。聴こえる先生方、意識を変えてほしい!」と10年にわたって主張しつづけました。その結果、今では、わたしの職場においては手話通訳はありません。みんなが自分で手話で発言する環境になっています。
 これは間違いなく訴え続けた成果です。これも、一つの夢の実現だと思います。


■ 大阪市の下水処理場ではたらく人たち
  これに関連して、わたしが共感して共同した取り組みをしていることがあります。「下水道用語の手話作り」です。
 きっかけは、ろう学校の社会見学です。小学4年生の社会科、くらしに関わる勉強が多いんですよね。ごみ、水道、下水道、警察、消防など…。社会見学に行くことが多くなります。見学に行った時、当然、説明があるのですがやっぱり手話ができないわけです。ですから、ろう学校の教師が通訳することになります。
 何か冷めちゃうんですよね。子どもたちの視線、説明している人ではなくて通訳者である教師の方を向いているんですから…。
 ずっとこういうことばかりだったんですが、6年前に大阪市の下水処理場に見学に行った時、そこで働く人たちが「下手かもしれませんが、私たちで自分で手話をやって説明したいと思います。」と言われたんです。驚きました。とってもうれしく思いました。それで、わたしの方からも連絡を取り、「がんばってください! 応援します!」と言ったところ、職員の方から「下水道の用語の手話がまだまだ足りないので作成に協力してもらえませんか?」と返事があり、関係作りが始まったわけです。
 3年にわたって、下水処理場の職員の方々と下水道の手話作りの取り組みを進めています。
 今年の9月の下水処理場見学の時もしっかり手話で説明していただきました。新しく考案した下水道の手話も活用されていました。子どもたち、手話通訳付きの時よりずっとずっと楽しそうでした。
 今、文化祭の展示で「わたしたちのくらしと水」の制作をしていますが、下水処理場の見学の感想で、子どもたちが「下水処理場の人たちが手話でやるわけは、自分たちの仕事は自分で伝えたいからだって! かっこいいね~!」と書いてくれています。そう、かっこいいですよね。このようなかっこいい人たちがもっと増えてほしいと思います。
 下水処理場の人たちの奮闘に拍手!


※この「下水道の手話作り」の取り組みについては、作成したものもこのブログでまたご紹介したいと思います。