台湾 ジョン君と



中之島まつり最終日です
  昨日の中之島まつり2日目は、雨、ほとんど降りませんでした。午前中に少しだけ霧雨。午後からは青空が…。今日はまつり最終日です。恒例の大安売り。古着を一着100円で売っちゃったりします。ほとんど儲けにならないです。でも、これはわたしとしては、また来年もよろしくお願いしますという気持ちで…。若い時はこの3日間のまつりが終わったら気持ちがものすごくしぼんだものです。さみしくて…。でも、悲しいかな、この齢になったら「やっと終わった~!」です。

台湾の若い聴覚障害者が…
 台湾から日本に障害者リーダー育成事業で研修に来ている難聴者、呉宗翰(ジョン ハンウー)君が昨日、中之島まつりでわたしたちのテントに来てくれました。まだ20代の若さです。4月にはデフサポートおおさかにも見学に来てくれています。6月の終わりごろに帰国するそうです。
 台湾、わたしにとっては思い出の地です。1999年に台湾で大地震が会ったんですが、その年のクリスマスに台湾の聴覚障害者団体を訪れ、救援カンパを手渡したり、被災状況、台湾の聴覚障害者の生活についていろいろ聞き取りました。台湾の聴覚障害者の皆さん、熱烈歓迎してくれて、観光だけでなく台湾の全盲の国会議員さんとの会談までセッティングしてくださいました。忘れられない台湾です。翌2000年にはその時、お世話になった台湾の聴覚障害者を大阪に招待し、日台交流のイベントを開きました。

呉宗翰(ジョン ハンウー)君からのメッセージ
 その台湾から若い人が勉強に…。話してみると、台湾も経済が悪くなっていて、聴覚障害者の置かれた状況は良くないそうです。わたしが訪台した1999年とは状況が違うと言っていました。いろいろ問題意識を持って日本に来たようです。
 彼に手話メッセージをお願いしました。iPhoneで撮影したものです。手話がわからない方のために翻訳を…。

 僕が日本に来た目的は2つあります。一つは障害者をサポートすること、もう一つは手話関係。細かく言うと3つあります。一つは、聴者と聴覚障害者がコミュニケーションする方法をさぐる、二つ目は難聴者は情報を得るのが難しいので要約筆記もしたい、三つ目は手話通訳もしたい。
 台湾に帰ったら、台湾の手話を覚える必要があります。台湾にいるのに台湾の手話はぜんぜんわからないんです。また、聴覚障害者関係の団体に参加して仕事がしたいです。聴覚障害者の仕事や福祉関係の取り組みをしたいです。みなさん、ご支援よろしくお願いします。

 20代の若さでこんなメッセージが発信できるのはすごいです。日本語も日本の手話も数ヶ月で覚えたとか…。
台湾の地で頑張ってほしいと思います。15年前の台湾の人たち、まだわたしを覚えてくれていると思うので彼のために連絡をとってみようと思います。呉宗翰(ジョン ハンウー)君の前途に光あれ!