ろう者の心理学01
ろう者の心理学 目次

日本のろう教育、約130年
 わたしは聴覚障害者で、ろう教育やろう者の運動にまあそれなりに長くかかわっています。
 ろう教育、日本の場合は約130年の歴史があります。手話もろう者の集団の中から生まれたもので、ろう学校と深い関係があります。ということから、日本の手話の歴史もまあ100年はあると考えていいでしょう。フランスの神父ド・レペが世界最初のろう学校を設立したのが18世紀の中ごろです。日本のろう教育の歴史を長いと見るか短いと見るかは人それぞれでしょう。どういう視点で考えるかによります。

ろう者自身による文献は少ない
 ろう者について研究しようとする時に「う~ん、困ったな…」となるのが本、つまり文献の少なさです。今は、多くの聴覚障害者がいろんなジャンルでいろんな方法(Webが多いですよね)で考えや取り組みを発信しています。以前は紙媒体で発信するしか方法がなかったのですが、そのほとんどは聴者(聴こえる人)によるもので、ろう者が著したものは数えるほどしかありません。特に障害者の権利が十分に認められていなかったころ、だいたい40年前にさかのぼるともうほとんどないといっていいくらいなんですね。
  その理由はかんたんにわかります。その時代、障害者が自分の考えを発信する環境がなかったということもありますが、手話の面から考えると、手話は書記ができない言語であるからです。手話には記録するべき文字がありません。これが他の言語との決定的な大きな違いです。手話(での語り)はやはり、それを記録しておこうとするならビデオに撮るのが最適です。日本語に翻訳してもズレているというか、ニュアンスがちがうなあということがよくあります。ずっと昔のろう者の人たちがどのような生活をし、どのようなことを想って生きていたのかを知ることができないのは非常に残念です。
  ちなみに、わたしが持っているろう者についての歴史的な知識も、ほとんどろう者本人からの手話語りによって得たものです。口伝でなく手話伝ですね。その多くは酒席の場でした。わたしにいろんなことを教えてくださった方々の多くが今は故人となっています。

今なお問題意識をもって読める「ろう者の心理学」
 なんか前置きが長くなりましたが、今回は本の紹介です。「ろう者の心理学」。この本、今は亡きろう学校の先生から譲っていただいたもの。著者は東京都立大田聾学校(今は閉校となっています)高等部教諭の市村 栄という方。出版が昭和37年(1962年)、今から50年ほど前ですね。50年前というと、障害者運動といっても融和的なものがほとんどであった時代ですね。用語や表現からもその時代のようすがよくわかります。例えばこの本では、「聴こえる人」を「常人」、「手話」が「手真似」となっています。
  「う~ん、どうかな…」と思うところもありますが、かなりの問題意識をもって読めるところが多いです。ちょっと一節を紹介します。
 
 「ろう者の場合における人間性というものも、内外二面の人間性というものをもっているのではあるが、その中で外に対する処世術というものが、ろう者同士に対するものと常人に対するものではかなり相違するものがあるということである」(「ろう者の心理学」第一章 “ろう者の人間性ということについて”より抜粋)

 わたし、この本、今まで何回も読み返しました。内容についての論評はさておき、はっきり言えることは、ろう者との日常的な関わりや共同した取り組みなしには書けなかっただろうということです。
 いまは、ろう学校の先生、「学校の中で教える」だけになっていますね。ろう者に関わる先生が少なくなっています。むかしは聴こえる先生でもろう者の生活や運動にかかわった人がけっこういました。隔世の感があります。

 この本、このブログで書評しようとしたら10回は必要でしょう。これはまたの機会に…。ドキュメントスキャナで「自炊」してPDFファイルにしてみようかなと思ったんですが、大事な本なのでバラバラにする決心がつきません…。今回は目次だけの紹介です。